四戒

TOP

兄弟子が剣道の四段審査を受けるらしい。

受ける地域によって異なるが、全日本剣道連盟の剣道五段以下の審査(特に四段審査)はおおよそ次のような流れになる。

一次審査(実技)⇨ 立ち合い(地稽古のような試合のような…)

二次審査(形)⇨ 日本剣道形(10本目まであるが、四段審査からは打太刀か仕太刀のどちらかを10本とも行う場合が多いらしい)

三次審査(学科) ⇨ 当日にいきなり問題が示される場合、事前に問題が出される場合、候補が複数挙げられ当日候補のうち難問かが示される場合、レポートのように当日の受付の際に提出する場合など様々。

今回の四段審査の問題の一つが、

「四戒」について述べよ

だった。私からみた兄弟子は本当に一生懸命に稽古をする方である。稽古時間より前に一人で道場に立ち、私たちが行く頃には黙々と素振りをしている姿は日常的な景色となっている。だけど、師匠に言わせると、兄弟子の剣道への向き合い方は審査でいうところの一次審査に関わる部分のみらしい。「彼をみていると、日本剣道形や学科が課される点において審査はよい機会なんだな」と言っていた。昇段審査を受けることや昇段を励みにして剣道に向き合うことの尊さは認めながらも、昇段することそのものに対してはそこまで価値をおいていない師匠の一言である。重い。

師匠の言う通り、昇段審査に申し込み、学科問題が課された瞬間、兄弟子は一気にパニックに陥った。師匠に「教えてください〜」と泣きついていた。当然うちの師匠、「どっかに書いているでしょう」とあっさり。別に呆れているわけでも、怒っているわけでも何でもない。本人としては丁寧に、一生懸命に兄弟子の質問に答えているだけな雰囲気。

それをみている今回審査を受けない我々。「答えられる?」という感じで、焦りとか、聞かれたくないとか、知っている雰囲気だけ出すとか、色々な防衛本能を駆使して顔を見合わせただけである。師匠はよく言う、「質問をするまでの努力の過程が回答する人の心を打ち、どれだけ心を打たれたかで回答の仕方は変わってくる」と。勉強しよう。

『全日本剣道指導要領』(2009)によると、「四戒」とは次のように説明されている。合わせて『剣道和英辞典』(2011)の英訳も挙げておく。

四戒しかい四病しびょう

「心に生じる「驚・懼・疑・惑」の好ましくない精神状態のことで、これをいかに制御するかが重要であるという教え」(『剣道指導要領』p160)

The four unfavorable mental conditions:astonishument, fear, doubt, and hesitation. It is important to control the mind in order to suppress these conditions.(『剣道和英辞典』p90)

そして、ここで挙げられている「驚・懼・疑・惑」にも説明がなされている。

驚懼疑惑きょうくぎわく

驚いたり、懼(恐)れたり、疑ったり、惑(まど)ったりするこころの状態をあらわしたことば。相手と対峙したときにおこる心の動揺、あるいは心の動揺を抑えきれない状態。(『剣道指導要領』p158)

A term which refers to a state of mind characterized by surprise, fear, doubt, and hesitation. The mental disturbance which occurs when facing an opponent, or the state where one cannot control the disturbance of one’s own mind.(『剣道和英辞典』p64)

どうやら「四戒」というのは、相手と対峙した時に陥りやすいネガティブな感情や思考をより具体的なものとして示したものであるようである。

剣道は「勇気」と前にも書いたことがあるが、単に勇気を出せということではないのかもしれない。わざわざこうした心のネガティブな状況を4つに大別し、言葉として残しているということは、そのネガティブな心の持ちようがあることを前提とした剣道の修錬が必要であると先人が感じていたのではないかとも思う。「今の自分の状況を正確に把握すること」が本当に大切であって、ここに「無鉄砲」「無闇矢鱈」と「勇気」の大きな違いがあるような気がする。「今自分は怖がっている」「今自分は迷っている」ということを認識し、適切な判断をする、しかも本当に瞬間的な出来事として消化していかなければならない。結果、「根拠のある自信をもった勇気のある決断」として生かされていくような気がする。

本当の勇気を身につけるために、先人の残した「好ましくない精神状態」をもう少し勉強しなければ。では、何から勉強する?

先にも挙げたが、『剣道指導要領』には「四戒」と並列して「四病」と書かれている。

新陰流の柳生宗矩という人が著した『兵法家伝書へいほうかでんしょ』には、「病気の事」として次のように書かれている。

一 病気の事

かたんと一筋ひとすじにおもふもやまい也。兵法つかはむと一筋におもふも病也。ならいのたけをいださんと一筋におもふも病、かゝらんと一筋におもふも病也。またんとばかりおもふも病也。病をさらんと一筋におもふひかたまりたるも病也。何事も心の一すぢにとゞまりたるを病とする也。此様々の病、皆心にあるなれば、此等これらの病をさつて心を調ふる事也(『兵法家伝書』p51)

ここだけ読めば、相手と対峙する時に、一つのことに心を止めることを徹底的に戒めているようにみえる。だけど、「皆心にある」ということも認められている。どうやら、新陰流はこの心の問題(やまいといっている)への解決にむけて色々なことが示されていそうだ。

「好ましくない精神状態」。これから少しずつ勉強してみよう。

【文献】

全日本剣道連盟編(2009)『剣道指導要領』全日本剣道連盟

柳生宗矩/渡辺一郎校注(1985)『兵法家伝書』岩波書店

全日本剣道連盟編(2011)『剣道和英辞典 第2版』全日本剣道連盟

コメント

タイトルとURLをコピーしました